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1. 抗がん薬曝露の危険性と日本の現状

抗がん薬取り扱いと曝露対策

執筆

秋田大学大学院 医学系研究科
保健学専攻 基礎看護学講座 教授
石井 範子 先生

 がん治療に用いられる抗がん薬には、がん細胞を殺滅させる一方で変異原性、発がん性、催奇性等の有害な作用もあることが知られています。その有害な作用は、治療を受ける患者だけでなく、取り扱う医療従事者にも健康影響を及ぼすことが懸念されています。“看護師などの医療従事者が、患者の治療のために抗がん薬を取り扱う、抗がん薬を与薬された患者の汚染リネンや排泄物を取り扱うことで抗がん薬に曝されること”を職業性曝露といいます。

    今回は、抗がん薬を取り扱う医療従事者の健康影響が問題視されるようになった経緯と、抗がん薬の危険性や健康影響について説明することにします。

1.抗がん薬の職業性曝露に対する国内外の動向

 1935年にHaddowらが、腫瘍の成長を抑制する物質に発がん性があることを動物実験によって明らかにしました1)。また、1979年にFalckは抗がん薬を取り扱った看護師の尿中の変異原物質が、抗がん薬を取り扱わない職員よりも増加していることを公表し、抗がん薬に継続的に接触することにより健康影響をもたらす可能性を示唆しました2)。ノルウェーやスウェーデンなどの北欧諸国ではFalckの発表と前後して1970年代末頃から、米国では1980年代の初頭から、国3)や職業団体4)5)がガイドラインを策定し、遵守することを勧告しています。

    日本では、1991年に日本病院薬剤師会で「抗悪性腫瘍薬の院内取扱い指針」を作成し6)、改訂が行われています7)8)9)。日本看護協会は、1998年に開催された国際看護師協会の「保健医療従事者のための労働災害国際会議」の結果を受けて、2002年に「看護の職場における労働衛生ガイドライン」を作成しています10)。日本には北欧諸国や米国のように国の施策はありません。

2.抗がん薬の危険性と曝露による健康影響

 WHOの外部組織である国際がん研究機構(International Agency for Research on Cancer:IARC)では、医薬品を含む化学物質などの人体への曝露、発がん性に関するデータを収集し、ヒトに対する発がん性を評価し、分類して定期的に公表しています11)。グループ1は「ヒトに対して発がん性があるもの」で、抗がん薬としてはエトポシド、ブスルファン、シクロフォスファミドなどが含まれます。グループ2Aは「ヒトに対しておそらく発がん性があるもの」で、アドリアマイシン、シスプラチン、ナイトロジェンマスタード、カルムスチンなどが含まれます。グループ2Bは「ヒトに対する発がん性を持つ可能性があるもの」で、ブレオマイシン、マイトマイシンCなどが含まれます。 

    グループ1にはアスベストも含まれています。アスベストを取り扱う時の重装な防護体制を考えると、同じグループ1に属する抗がん薬を取り扱う時にも同様の曝露対策が必要であると言えます。

    曝露の発生は、薬剤の調製、薬剤の搬送や保管、患者の排泄物や汚染リネンの取扱い、こぼれた薬剤の処理などの場面で起こりやすいと言われています。看護師はいずれの場面にも遭遇する職種ですから、防護策を講じて看護業務につく必要性があります。 曝露による健康影響は、抗がん薬の皮膚への付着やエアロゾルの吸入、経口的に体内に侵入することによって発生すると考えられています。急性中毒症状としては、皮膚に付着した場合の神経症状や、眼への飛びちりによる角膜炎、抗がん薬を取り扱った手で喫煙や食事した場合の消化器症状などが挙げられます。そのほか、次世代の子孫に影響をお及ぼしかねない問題が潜んでいます。

3.看護師の抗がん薬曝露の認知と曝露機会の多さ

  筆者らは1990年代後半から抗がん薬の職業性曝露に関する研究活動に取り組んできました。自らの看護師としての臨床経験においても、医療現場で遭遇する抗がん薬の取扱い場面で曝露を意識した安全行動がほとんど目にすることがなかったことから、「看護の現場で安全に抗がん薬を取扱うことができるようにしなければならない」と考えて、現状を把握するためにいくつかの全国調査を実施しました。最初は2001年の「抗がん薬取扱い看護師の職業性曝露に関する認識と安全行動」についての調査で、全国の571名の看護師からの回答を分析したものです12) 。その中で、抗がん薬の職業性曝露を認識していた看護師は約61%でした。2003年には313病院の看護部長を対象として組織の抗がん薬の取扱い方を調査し、166名からいただいた回答を分析しました13) 。その中で、点滴の準備場所について、抗がん薬の場合と、それ以外の点滴薬の場合について分けてみると、いずれにしても病棟で行っている割合が高かったのですが、薬剤部で実施している割合を比較すると、抗がん薬は有意に高い割合で薬剤部で行われていました。抗がん薬を取扱う職種は、抗がん薬の準備から点滴終了後までの作業で、点滴針刺入以外の全作業を看護師が行っている割合が圧倒的に高く、看護師は抗がん薬の危険性に最も曝露されやすい職種であることが示唆されました。

4.近年の曝露対策への意識の高まり

 筆者らが初めて看護職の抗がん薬曝露に関する調査を実施してから約10年が経過し、医療現場において抗がん薬曝露の防止策が導入されつつあることが感じられるようになってきました。そこで、2012年に全国の200床以上の411病院の看護師822名を対象に行った調査では14)、500名から回答が得られました。そのうち抗がん薬の職業性曝露を認知している看護師は98.8%でした。また、52%がガイドラインを設置して活用し、57%が抗がん薬の混合調製を薬剤部で薬剤師が行っていると回答していました。約10年で日本の医療現場における抗がん薬の取扱い方や、危険性に対する認知状況は大きく変化していることが明確に感じられます。その背景としては、がん化学療法看護認定看護師の教育カリキュラムで“抗がん薬の職業性曝露”が取り上げられていることや、抗がん薬の職業性曝露に関する調査が行われるようになってきたことから15)16)17)18)、看護師の関心が高まってきているものと推察されます。また、病院機能評価において「抗がん薬は適切な環境下で薬剤師が混合調製している」という評価項目が挙げられていること、薬剤師による入院患者の抗がん薬調製が診療報酬の適用になったことなども、医療現場の変化の要因になっていると考えられます。

    近年、在宅のがん患者が外来で化学療法を受けるというケースが増加しています。そのような患者に接する家族、訪問看護師などを曝露から防護することも重要です。2008年に、病院の外来化学療法部門の看護師を対象に調査し、514名から回答が得られました19)。そのうち97%の看護師は抗がん薬取扱いによる曝露を認知していましたが、家族への曝露防止の必要性について患者や家族に指導している病院は半数でした。指導していない理由には、「患者や家族の心情を察し、説明の仕方に戸惑う」という内容が多く挙げられていることから、説明の方法について検討することが必要です。

    2014年5月29日付けで厚生労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課長より、公益社団法人日本医師会、公益社団法人日本薬剤師会、一般社団法人日本病院薬剤師会、公益社団法人日本看護協会、一般社団法人日本病院会、公益社団法人全日本病院協会、一般社団法人日本医療法人協会、一般社団法人日本社会医療法人協議会、公益社団法人日本精神科病院協会の9つの団体長宛てに「発がん性等を有する化学物質を含有する抗がん剤等に対するばく露防止策について」という通達が出されました20)

その通達には、

1.調製時の吸入ばく露防止対策のために、安全キャビネットを設置

2.取扱い時のばく露防止のために、閉鎖式接続器具等(抗がん剤の漏出及び気化並びに針刺しの防止を目的とした器具)の活用

3.取扱い時におけるガウンテクニック(呼吸用保護具、保護衣、保護キャップ、保護メガネ、保護手袋等の着用)を徹底

4.取扱いに係る作業手順(調剤、投与、廃棄等におけるばく露防止対策を考慮した具体的な作業方法)を策定し、関係者への周知徹底

5.取扱い時に吸入ばく露、針刺し、経皮ばく露した際の対処方法を策定し、関係者へ周知徹底

の5項目が謳われています。これは、日本で初めての抗がん薬の職業性曝露防止に対する国の機関からの通達です。この通達が種々の医療の職能団体から医療現場に浸透し、曝露防止策が促進していくことが期待されます。

引用文献

  1. Haddow A.: Influence of certain policyclic hydrocarbons on the growth of the jenson rat sarcoma. Nature 1935; 136: 868-869.
  2. Falck K, Grohn P, Sorsa M, et al.: Mutagenicity in urine of nurses handling cytostatic drugs. Lancet 1979;313(8128): 1250-1251.
  3. Occupational Safety and Health Administration: Work practice guidelines for personnel dealing with cytotoxic (antineoplastic) drugs. Am J Hosp Pharm 1986; 43: 1193-1203.
  4. American Society of Hospital Pharmacists: ASHP Technical assistance bulletin on handling cytotoxic and hazardous drugs. Am J Hosp Pharm 1990; 47: 1033-1049.
  5. Oncology Nursing Society. Safe handling hazardous drugs. Pittsburgh: ONS, 2003; 1-56.
  6. 日本病院薬剤師会学術委員会: 抗悪性腫瘍薬の院内取扱い指針. 東京: 日本病院薬剤師会, 1991.
  7. 日本病院薬剤師会監修:抗悪性腫瘍薬の院内取扱い指針・改訂版:抗がん薬調製マニュアル. 東京: じほう, 2005.
  8. 日本病院薬剤師会監修:抗悪性腫瘍薬の院内取扱い指針:抗がん薬調製マニュアル第2版. 東京: じほう, 2009.
  9. 日本病院薬剤師会監修:抗悪性腫瘍薬の院内取扱い指針:抗がん薬調製マニュアル・第3版:抗癌薬調製マニュアル. 東京: じほう, 2014.
  10. 日本看護協会編:看護職の社会福祉に関する指針,日本看護協会出版会,pp.42-43,2004.
  11. IARC:Overall Evaluations of Carcinogenicity to Humans List of all agents, mixtures and exposures evaluated to date.(http://monographs.iarc.fr/ENG/Classification/crthall.php)
  12. 石井範子,嶽石美和子他:抗癌剤取扱い看護師の職業性曝露に関する認識と安全行動,日本公衛誌,52,pp.727-735,2005.
  13. 石井範子・佐々木真紀子・長谷部真木子・長岡真希子.小稗文子・杉山令子・工藤由紀子:日本の医療施設における看護師の抗癌剤取扱いと曝露防止策,秋田大学医学部保健学科紀要,17(1),p23-30,2009.
  14. 菊地由紀子・石井範子・工藤由紀子・長谷部真木子・杉山令子・長岡真希子・佐々木真紀子:抗がん薬化学療法中及び治療後の看護における曝露防止の現状,日本がん看護学会誌,27巻,特別号,p378,2013
  15. 菊地真・前田邦彦:山形県内における看護師による抗がん剤取扱いの実態に関する調査,山形保健医療研究,14,p11-26,2011
  16. 三宅知宏、藤岡満・森正秀・片岡康・奥田真弘:三重県下施設の抗がん剤調製時における曝露防止の実態調査とガイドライン普及度の検討,日病薬誌,47(11),p1425-1429,2011
  17. 小野裕紀・萬年琢也・結城正幸・細谷敏子:がん診療連携拠点病院の看護師に対する抗がん剤の曝露に関する実態調査,日病薬誌,45(11),p1505-1508,2009
  18. 早出春美・白鳥さつき・中畑千夏子・渡辺みどり・葛城彰幸:長野県内で働く看護職者の抗がん剤への曝露に関する知識と予防行動,長野県大学紀要,13,p51-60,2011
  19. 石井範子,長岡真希子他:看護管理者の「抗癌剤取扱いマニュアル(案)」に対する評価と導入の意向,第25回日本看護科学学会学術集会講演集,pp.236,2005.
  20. 厚生労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課長:発がん性等を有する化学物質を含有する抗がん剤等に対するばく露防止策について,平成26年5月29日,2014. http://tokyo-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/var/rev0/0137/9769/eiseisyuukan_betten4-1-2.pdf

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