Document ハンドブック・資料
1.ISOPPスタンダード1)とは
ISOPPスタンダードは、国際がん薬剤師学会(International Society of Oncology Pharmacy Practitioners)によって示されている細胞毒性薬の安全な取り扱い標準である。ISOPPスタンダード作成の経緯について、序文から概要を紹介したい。スタンダードの作成は2003年からISOPPによって取り組みが始められたが、作成にあたっては、世界各地の現行規則やガイドライン、スタンダードや推奨されている事項等について調査・分析を行う必要があるとして、カナダ、ドイツ、アメリカなど7カ国の合計15の文書をもとに、無菌的な細胞毒性薬品や与薬エラーの防止、患者に関連した項目など化学療法における安全な取り扱いに関連した項目全てをカバーした29のセクションからなるデータベースが作成され、分析・調査が行われた。その後のスタンダードの執筆にあたっては、EU(European Union:欧州連合)の医薬品に関する規則を定めたEudraLex GMP Guidelineや米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH:National Institute of Occupational Safety and Health)によるアラート(警告)、米国労働安全衛生局(OSHA:Occupational Safety and health Admistration)のガイドライン、ドイツやオランダ、フランスなどの欧州のガイドラインなどがさらに調査されている。さらに執筆された内容については、評価チームによるレビューが行われ、2004年のISOPP総会での議論を経て、現在のISOPPスタンダード2007が公表されている。このスタンダードは現時点での最新のエビデンスに基づいた、ベスト・プラクティスである。
ISOPPスタンダードは、21のセクションから構成されている。項目を抜粋して紹介すると、細胞毒性薬の移送、職員に関する事項、教育訓練、個人防護具、換気装置、清掃方法、洗濯、患者の排泄物の取り扱い、在宅ケアなどであり、細胞毒性薬を取り扱う医療従事者が遵守すべき取り扱い方法はほぼ網羅されている。
2.ISOPPスタンダードのヒエラルキー
ISOPPスタンダードのセクション5には曝露対策のためのヒエラルキーが掲載されている。ヒエラルキーはレベル1、2、3、3B、4の5つの階層となっており、防護レベルの重要なものから順に位置づけられている(図1)。以下に概要を説明する。
レベル1:排除・置換・交換
可能な限り、現在使用している薬品を毒性のない、あるいはより毒性の低い薬品に交換する。
レベル2:ハザード/汚染源の隔離
毒性物質の入った容器やそのもとになるものを封じ込める。
レベル3B:管理とコントロールの方法
職員の曝露が少なくなるように仕事を組織化する。
レベル4:個人防護具
手袋、マスク、ガウン、ゴーグル、フェイスシールドにより汚染物と作業をする者とのバリアを作る。
レベル1が不可能または不十分な場合に次のレベル2が適用されるというように、レベルの数値があがるほど、すなわちレベル1よりレベル2の方が防護の効果は低くなる。ISOPPスタンダードのヒエラルキーでは、まずは危険な薬品を使用しない、使用しなければならない場合はその薬品を封じ込め、それも無理な場合は安全な換気装置の使用、職員の曝露期間が少なくなるような組織的な管理を行い、最後の砦として個人防護具の装着があげられている。
3.日本の現状と今後の課題
日本では、ISOPPスタンダードで示されているヒエラルキーがどの程度医療機関で周知され、実際に取り組まれているのかは調査もなく定かではない。日本における抗がん薬の曝露防止については、1990年代から日本病院薬剤師会による抗悪性腫瘍薬の院内取り扱い指針が作成され、改訂を重ね2014年には「抗がん薬調製マニュアル 第3版 抗悪性腫瘍剤の院内取扱い指針」2) が発行されている。また2004年に日本看護協会により「看護の現場における労働安全衛生ガイドライン」の中に抗がん薬の取り扱いに関する指針が示された。さらに石井らは2007年にそれまでの国内の看護師の実態調査をもとに、日本の看護の現場に即した安全な取り扱い方法の詳細をまとめた「看護師のための抗癌剤取り扱いマニュアル」を発行し、2013年には改訂版3) を発行している。これらの地道な取り組みが続けられてきたが、2014年になって日本もようやく看護師、薬剤師以外の医療従事者も含むチームアプローチの取り組みや、国としての取り組みがはじまった。2014年4月には抗がん薬の使用に携わる医師、看護師、薬剤師などを中心とした多職種チームから成る「抗がん剤曝露対策協議会」4) が設立され、今後は日本がん看護学会、日本臨床腫瘍学会、日本臨床腫瘍薬学会で合同ガイドラインが策定される予定とされている。また2014年5月29日付けで厚生労働省労働基準局安全衛生部から各関連機関団体に対して「発がん性等を有する化学物質を含有する抗がん薬等に対する曝露防止対策について」として、曝露防止対策の留意事項の5つが示された。これらの事項は危険な医薬品を取り扱う場合に必要な留意事項ではあるが、詳細については関連機関・団体に任されている。
ISOPPスタンダードによると防護の効果が高いものは、できるだけ毒性のない、あるいは少ない医薬品を使用するかそれを封じ込め、危険な医薬品が環境中に浮遊しない環境づくりや取り扱う医療従事者の教育体制をつくることである。日本では危険な医薬品が散剤の経口薬として使用されていたり、破損の危険性が高いアンプルとして販売されている現状がある。また2011年に菊地ら5) が日本の大学病院、がん専門病院、200床以上の病院看護師を対象とした調査結果では、ガイドラインの設置は5割程度であり、医療施設としての体制にはまだ改善の余地が大きい。日本における抗がん薬など危険な医薬品に関する国や他職種によるチームアプローチは緒に就いたばかりといえよう。今後は医療施設全体として取り組むために医療施設の管理者を中心とした対策や医薬品の開発にあたる製薬会社も含めて、一層の危機感を持ち取り組んでいくことが求められる。
- ISOPP Standards of Practice Safe Handling of Cytotoxics Disclaimer, Journal of Oncology Pharmacy Practice, Vol 13 ,2007
- 遠藤一司 他:抗がん薬調製マニュアル 第3版 抗悪性腫瘍剤の院内取扱い指針、 じほう 日本病院薬剤師会、2014
- 石井範子 編:看護師のための抗がん薬取り扱いマニュアル 曝露を防ぐ基本技術 第2版、ゆう書房、2013
- 抗がん剤曝露対策協議会:ww.anti-exposure.or.jp/(2014.12参照)
- 菊地由紀子、石井範子、工藤由紀子 他:抗がん剤化学療法中及び治療後の看護における曝露防止の現状,日本がん看護学会誌27、378、2013
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