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4.抗がん薬曝露の研究への取り組み

抗がん薬取り扱いと曝露対策

筆者

秋田大学大学院 医学系研究科
保健学専攻 基礎看護学講座 教授
佐々木 真紀子 先生

   抗がん薬の曝露に関する研究では、主に医療従事者の職業性曝露によって起こる健康への影響や尿中抗がん薬の検出、病院内環境の抗がん薬の汚染状況のモニタリングが行われてきた。以下にそれぞれの研究例を紹介する。

1. 抗がん薬の職業性曝露による健康影響に関する研究

    曝露による健康影響を明らかにする方法としては、染色体異常やDNA損傷などの遺伝毒性試験、疾病の頻度や主観的な症状の出現に関する調査などが行われてきた。

    医療従事者の健康影響については1979年にFalck K.ら1)により、抗がん薬を取り扱った看護師の尿中の変異原の活性がコントロールより有意に高くなったことが報告されて以後、検証のために様々な研究が行われている。抗がん薬を取り扱っている看護師や薬剤師を対象とした調査では、抗がん薬曝露が流産、及び流産と仮死分娩の総計との間に有意な関連があったことが報告されている(Valanis B.ら2) )。また高度に抗がん薬に曝露された看護師は、対照群の看護師より早産や低体重児出生のオッズ比が有意に高かったことも報告されている(Fransman W.ら3))。米国のNurse’s Health StudyⅡの参加者8461人のうち7482人を遡及的に妊娠結果と職業曝露を分析した結果では、出産した看護師のうち約10%が自然流産(20週未満)で、抗悪性腫瘍剤に曝露されている看護師の自然流産のリスクは2倍であった(Lawson C. ら4) )。さらに抗がん薬を取り扱っている看護師は対照群よりも、DNA損傷レベルが有意に高いことが報告されている5) 。筆者らが抗がん薬を取り扱うことによる日本の看護師への健康影響を検討するため、抗がん薬を取り扱っている看護師のDNAの損傷レベルを調べた結果でも、看護師のDNA損傷のレベルは,対照群の事務職員より有意に高いという結果が得られた6) .抗がん薬を取り扱っている日本の看護師においても、抗がん薬の取り扱いによってDNA損傷を起こす可能性が示唆された。最近の報告では抗がん薬を取り扱っている看護師や薬剤師は、取り扱っていない看護師、薬剤師などに比べて、骨髄異形性症候群や急性白血病の発症に関係していると考えられている染色体の5番、7番、11番の異常が有意に高いことが報告されている(McDiarmid MA.ら7) )。以上のように、DNA損傷や染色体異常、出産に与える影響など、抗がん薬の取り扱いが医療従事者の健康に影響を与えることは十分に危惧されることである。

2. 環境と生物学的モニタリング

    1984年にHirstら8) は抗がん薬を取り扱っている看護師の尿中から抗がん薬のシクロホスファミドが検出されたことを報告している。1992年にはSessink P.M.J.ら9) が病院の薬剤部門や外来、がん患者の入院病棟の床や薬を準備するキャビネット、テーブルなど様々な場所のふき取りと同時に、薬剤師や看護師の尿中の抗がん薬の検出を行っている。検出される薬剤の有無や検出量には差があるものの、抗がん薬による環境汚染と医療従事者の抗がん薬の曝露の関連が示唆される結果である。抗がん薬の環境中の汚染については取り扱う際の手技や防護策によっても異なるが、我が国でも、Sugiura S.ら10) が抗がん薬の混合調製台の上とその周囲、電話台とベッドサイドテーブルの表面と点滴スタンド下からシクロホスファミドが検出されたこと、同病院の抗がん薬の混合調製を行っていない看護師や混合調製を行った医師の尿からシクロホスファミドが検出されたことを報告している。筆者らが行った研究結果11) においても混合調製を行っていない看護師の尿中から抗がん薬が検出されている。曝露量が極めて少なくとも、シクロホスファミドなど発がん性が認められている薬剤を長期間に曝露する事は健康へのリスクが高いことは事実である。

    曝露の機会となる環境汚染の状況をしっかり認識するためにも、これらの研究が一層求められる。

3. 国内で可能になった環境中および尿中の抗がん薬の検出

    抗がん薬による環境の汚染状況や医療従事者の尿中抗がん薬のモニタリングは、曝露と医療従事者等の健康影響との関連を明らかにしたり、防護策の効果検証や適切な防護策のガイドライン作成のためにも重要である。

    ところで尿中や環境中の抗がん薬の検出には、取り扱いに専門的な知識や技術を必要とする質量分析装置が必要であるが、それらの知識技術を持たない場合は、海外への検査機関へ依頼して行うことも多かった。その際には分析に高額な費用が必要であるなど、現状を明らかにするための研究への取り組みはなかなか難しかった。しかし近年、国内でも環境中の抗がん薬の曝露を検出するサンプリング法がシオノギ分析センター(株)(http://www.shionogi-ph.co.jp/en/introduction/analysis/index.html )によって開発された。同センターでは尿中の抗がん薬の分析も行うことが可能になっている。すでに研究結果12-13) も報告されており、研究への取り組みは身近になった。利用についての詳細は同社のHPに掲載されているので、是非参照されたい。モニタリングの方法が身近になったことで、国内の様々な医療事情のもとで曝露の現状に関する研究も可能となった。今後、曝露の防護策や関わる人々の健康管理のエビデンスとなるデータの蓄積が一層進むことを期待したい。

引用文献

  1. Falck K, Gröhn P, Sorsa M, et al:Mutagenicity in urine of nurses handling cytostatic drugs. Lancet 313(8128):1250-1251, 1979
  2. Valanis B, Vollmer WM, Steele P.:Occupational exposure to antineoplastic agents: self-reported miscarriages and stillbirths among nurses and pharmacists. J Occup Environ Med. 41(8):632-638,1999 
  3. Fransman W, Roeleveld N, Peelen S, et al:Nurses with dermal exposure to antineoplastic drugs: reproductive outcomes. Epidemiology. 18(1):112-119, 2007
  4. Lawson CC, Rocheleau CM, Whelan EA, et al:Occupational exposures among nurses and risk of spontaneous abortion. Am J Obstet Gynecol.:206(4):327.e1-8 ,2012
  5. Undeger U, Başaran N, Kars A, et al: Assessment of DNA damage in nurses handling antineoplastic drugs by the alkaline COMET assay, Mutat Res. 439(2):277-285, 1999
  6. Sasaki M, Dakeishi M, Hoshi S, et al:Assessment of DNA damage in Japanese nurses handling antineoplastic drugs by the comet assay. J Occup Health 50(1):7-12,2008
  7. McDiarmid MA, Oliver MS, Roth TS, Rogers B, Escalante C.: Chromosome 5 and 7 abnormalities in oncology personnel handling anticancer drugs. J Occup Environ Med. 52(10):1028-34,2010
  8. Hirst M, Tse S, Mills DG, et al:Occupational exposure to cyclophosphamide. Lancet 323(8370):186-188, 1984
  9. Sessink PJM,et al.: Occupational exposure to antineoplastic agents at several departments in a hospital: enviroumental contamination and excretion of cyclophosphamide and ifosfamide in urine of exposed workers. Int Arch Occup Environ Health 64,105-112,1992
  10. Sugiura S, et al.:Risks to health professionals from hazardous drugs in Japan: a pilot study of environmental and biological monitoring of occupational exposure to cyclophosphamide. J Oncol Pharm Pract. 17(1):14-9 ,2011
  11. 佐々木 真紀子, 工藤 由紀子, 杉山 令子 他:看護師の尿中抗がん剤測定による抗がん剤の職業性曝露の評価, 第33回日本看護科学学会学術集会講演集304,2013
  12. 柳原 良次, 苫米地 敬, 折山 豊仁 他:新しい飛散調査法(サンプリングシート法)を用いた抗悪性腫瘍薬の飛散状況の評価, 日本病院薬剤師会雑誌50(1):61-65,2014
  13. 佐藤 淳也, 森 恵, 佐々木 拓弥 他:抗がん剤調製環境における汚染調査 クーポン法による5-FUモニタリングの有用性, 薬学雑誌134(6):751-756,2014

 

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