Column お役立ち情報

監修
並木クリニック
横浜南共済病院 心臓血管外科 顧問
横浜市立大学 外科治療学 客員教授
孟 真 先生
静脈血栓塞栓症とは
静脈⾎栓塞栓症(Venous Thromboembolism:VTE)とは、主に下肢の深部静脈に⾎栓ができる深部静脈⾎栓症(Deep Vein Thrombosis:DVT)、その⾎栓が遊離して心臓方向に流れて肺動脈を詰まらせることで発症する肺⾎栓塞栓症(Pulmonary Thromboembolism /Pulmonary Embolism:PTE/PE、いわゆるエコノミークラス症候群)の総称です。
深部静脈⾎栓症と肺⾎栓塞栓症は密接に関連しており、予防・診断・治療を行うにあたっては、常に⼀対の疾患として考える必要があります。

深部静脈⾎栓症は、下肢の静脈に⾎栓ができて⾎流を妨げることにより発症します。
典型的な重症例は、突然の下肢の腫れ、痛み、発赤ですが、症状がないことも多く、肺⾎栓塞栓症を発症してから診断されることもあります1)。
下肢の腫脹や疼痛が継続して歩行できなったり、長期的には下肢潰瘍など皮膚病変を起こす静脈血栓後症候群などの後遺症をおこすことがあります。
肺血栓塞栓症
肺⾎栓塞栓症は、下肢にできた⾎栓が肺に詰まってしまうことによっておきる疾患です。重症になると命に関わることもある危険な病気です。
まず、主に下肢や⾻盤内の深部静脈に⾎栓が形成されます。そこで形成された⾎栓が⾎流によって下⼤静脈、右⼼房・右⼼室を経由し、肺動脈に⾶遊し、肺動脈を詰まらせてしまうことで肺⾎栓塞栓症は発症します。肺血栓塞栓症の症状は無症状からショック、突然死まで様々ですが典型的には下記のように呼吸苦、動悸、胸痛で失神を起こすこともあります。





肺⾎栓塞栓症のおよそ90%が下肢の深部静脈⾎栓に起因しているという報告があります2)。
そのため、肺⾎栓塞栓症を防ぐためには深部静脈⾎栓症を予防することが重要となります。
血栓タイプ別のDVT症状
中枢型DVT(腸⾻・⼤腿静脈・膝窩型):血栓の大きさが大きいので症候性の肺⾎栓塞栓症をおこす確率は高くなります。
下肢が無症状である場合もありえますが、臨床症状や所見が出やすく、中枢型DVTの診断はより容易です。
末梢型DVT(下腿静脈に限局):血栓の大きさは小さいので症候性の肺⾎栓塞栓症をおこす確率は低いです。発症率は中枢型より末梢型の方が高く、特にスクリーニングを行うと高率に発見されます。下腿部の初発はヒラメ静脈に多く、数日で消失する場合も少なくありません。中枢型への進展は3~3.7%とされ、前向き調査での肺血栓塞栓症発症のリスクは1.6%と低いとの報告があります1,3)。
このようにDVTは無症候性があり、肺血栓塞栓症を突然に発症する患者が多いとされています。
血栓形成の3つの要因

VTE予防策は、「血流の停滞」に対しては早期離床および積極的な運動、弾性ストッキング着用、間欠的空気圧迫法、「血液凝固能の亢進」に対しては、抗凝固薬の使用、脱水の予防、間欠的空気圧迫法、「血管内皮の損傷」に対しては弾性ストッキングが挙げられます4,5)。
静脈血栓塞栓症の予防対策
リスク評価
⼊院中の患者に対するVTE予防は、適切なリスク評価をもとに対策することが重要です。
肺⾎栓塞栓症予防管理料の注記においても「肺⾎栓塞栓症の予防を⽬的として、必要な機器⼜は材料を⽤いて計画的な医学管理を⾏った場合に 、当該⼊院中1回に限り算定する。」とあり、⼊院時にリスク評価を行って計画的な医学管理を⾏います1)。

静脈血栓塞栓症の予防法
早期離床および積極的な運動(理学的予防法)
早期離床および積極的な運動はVTE予防の基本です。
歩⾏は下肢を積極的に動かすことにより下腿のポンプ機能を活性化させ、下肢の⾎流の停滞を減少させます。
弾性ストッキング(理学的予防法)
弾性ストッキング(Elastic Stockings︓ES)とは、⾎液の停滞を軽減または予防するなど静脈⾎の還流促進を⽬的に使⽤される医療⽤のストッキングで、末梢から中枢に向かい漸減的に圧迫を加える機能を有しています。2004年の肺⾎栓塞栓症予防管理料算定による保険改定、ガイドライン発刊から多くの施設で使用されています5)。
間⽋的空気圧迫法(理学的予防法)
下肢に巻いたカフに機器を⽤いて空気を間⽋的に注入し、下肢をマッサージすることで静脈⾎の還流を促進させます。これにより下肢静脈の⾎流の停滞を改善します。この予防法には間⽋的空気圧迫装置(Intermittent Pneumatic Compression︓IPC)が⽤いられ、⼀般的にIPC、フットポンプ、カーフポンプと呼ばれています。近年エビデンスレベルが上がって弾性ストッキングに比較し推奨度が高くなっています。安静度が高い間はIPC、低くなるとESと異時的に併用されることが多いです。高リスク患者であっても出血リスクが高い場合に単独でも有用です。特にリスクの高い整形外科手術や、外科・婦人科悪性腫瘍など大手術に関してもエビデンスが高く推奨されています6)。
抗凝固療法(薬物療法)
⽪下注射の低⽤量未分画ヘパリン、低分⼦ヘパリン、Xa阻害薬と、経⼝投与のエドキサバン(直接型経口抗凝固薬)、ワルファリンなどの抗凝固薬があり、リスクレベルが⾼い場合に使⽤します。抗凝固療法を選択する場合は、薬剤適応を考慮し、また同時に出⾎リスクも考慮する必要があります。出⾎リスクが⾼い場合は、理学的予防法のみの施⾏も検討します。また、抗血小板薬のアスピリンの有用性も報告されていますが日本では静脈血栓塞栓症の予防には適応がありません。
まとめ
2004年2⽉に静脈⾎栓塞栓症(VTE)の予防ガイドラインが発⾏され、同年4⽉には「肺⾎栓塞栓症予防管理料」が保険収載されたことにより、⼊院中のVTEの発症やその予防について広く周知されてきました。近年では、周術期だけでなく内科領域も含めたすべての⼊院患者に対して適切な予防対策を講じることにも注目が集まっています。
⽇本医療安全調査機構より発⾏された「医療事故の再発防⽌に向けた提⾔ 第2号 急性肺⾎栓塞栓症に係る死亡事例の分析(2017年8⽉)」では、院内体制の整備についても提⾔のひとつとして⽰されました7)。
病態⽣理を理解し静脈⾎栓塞栓症のリスク評価を行い、リスクレベルに応じた適切な予防対策を実施するために、病院全体で取り組むことが重要です。
<引⽤⽂献>
1. 日本循環器学会/日本肺高血圧・肺循環学会.2025年改訂版肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症に関するガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Tamura.pdf2025年5月閲覧
2. 景⼭則正他. 致死性肺⾎塞栓症28例の両側下肢深部静脈の病態形態学的検討. 静脈学. 2004, vol.15, NO.3, p225-231
3. Palareti G, Cosmi B, Lessiani G, et al. Evolution of untreated calf deep-vein thrombosis in high risk
symptomatic outpatients: the blind, prospective CALTHRO study. Thromb Haemost 2010; 104: 1063 1070. PMID: 20694281
4. Venous stasis and vein lumen changes during surgery. Coleridge-Smith, J.H. Hasty, J.H. Scurr British Journal of Surgery Vol.77, September 1990, pp.1005–1009
5. 孟真, Cardinal Health. LINK Vol.21, 弾性ストッキングの静脈⾎栓塞栓症予防におけるエビデンスに再び焦点を当てる
6. 日本静脈学会 圧迫療法ガイドライン小委員会静脈疾患における圧迫療法ガイドライン2025静脈学 2025 年 36 巻 Supplement 号 p. i-169
7. 医療事故調査・支援センター 一般社団法人 日本医療安全証左機構 医療事故の再発防⽌に向けた提⾔ 第2号 急性肺⾎栓塞栓症に係る死亡事例の分析(2017年8⽉)
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